「電 話」
うらやましいね
ゆく鳥は
きょうも
なにも背負わず
葉隠れを
まるごと生きて
かたつむり
また雨よ
しのしのと
樹も鳥も虫も人も家もつつむよ
(詩・ながた みほ)
やっとこさっとこ、朝顔の種を植えました。これから一喜一憂。夏どころか、仲秋過ぎても煩悩の種、
できの悪い子の面倒を朝夕見なくてはなりません。何しろ、朝顔をマンションのベランダなんかに
しつらえる苦労は、建物の向きによって、人間自分の首が左右にひん曲がるほど、毎日時々刻々、
太陽を向いてすくすく勝手に伸びるツルの相手、をせねばなりません。
巻き直しのツルの方向が「台風の回る」のだか「時計の針と同じ」だか、こんがらがって一騒動です。
たまに郊外地で見かける、比較的のんびりした住宅地の南向きに、通りの人々の鑑賞用としか思えない
ような(自分たちの部屋に花が向くのでなく)、おおらかに外向きに一斉に花が咲かせてあるのを見る。
朝顔、または夕顔、このごろ流行のゴーヤなどなど。
朝早咲きの彼女たちは、毎朝(種をまいて育てた)ご主人さまを真っ先に見ないで、いったい誰を見る
のだろう?気持ちの狭い私は、ぜひ「苦労の元を取り返そう」と毎夏、朝顔のツル次第に神経を尖らせる。
花の時期に、東京・浅草の町中などのちょっとした下町の裏通りを行くと、まぁ、見事に朝顔を咲かせた
鉢植えがある。雨傘を円錐形に閉じたように立てて、うまいこと、上の方にツルを誘導して、いかにも
「ご覧なさいまし」と、全体の姿形に乱れがない。 ハハーン、そこが違ったか!
私んちのは、逆に、台風で傘のホネが上向いた「ラッパ」状の仕立てだモンね。
もっとも、東京の下町は江戸時代から朝顔の品種改良の歴史的な本場。仕立てにはうるさいはずです。
それを見てまたまた、「凡人は感心ばかりして暮らし」…そのもので感心します。
しかし基礎から考え直す「気」だけは起こっておる。今年こそ、今年こそ。
基礎とは、種を蒔いたばかりの、今そのものです。手ぐすねひいて、かくの如く「今年こそ」と張り切る
気合のもとに、あいにく若葉さえまだ出ていない。
またしても、日頃の七不思議ですが、草花を育てるに、「ただ放っといている」だけと言って、事実には
うまいこと育てている人と、その反対に、ヤレホレうるさく構って「上手に」育てている人がある。
いったいどちらが真実なのだろう。皆さんのご意見は? または姿勢は、どちら派でしょうか?
ウソかホントか、昔、外目には勉強を少しもしないように見せて、友=競争相手を欺き、油断させ実際に は死に物狂いで目立たぬところで勉強するタイプが、いたとか、いないとか。これは油断して、騙される る方が、悪い。もう騙された時点で競争に負けている。そんな「……(相手が)かもしれない」と感じた ら、自分も目立たぬようにではなく、わざと目立って勉強すればいい。したくないけどせざるをえないか するのが、そもそも勉強である。第一、「勉強」という字は、文字通り「強いて勉める・努める・勤める」 様子でありますぞな。頭がいいの悪いのは関係ない。隠れて勉強しているようなのは、その強いて勉める 姿を見せたくない気弱の輩(やから)でありますぞな。と思えよかし。出遅れて負けるな一茶ここにあり。
昔、田舎で、畑と田んぼと道路が交錯する一角に、見上げてなお立つ大きな長方形の看板がありました。
そこには『勉強堂』と、太く黒い文字が書かれている。小学生でも読めます。商売は菓子屋である。
学校と関係のある文字だから、いつも子供の私たちには、その文字が強く目に沁みる。で今にして思えば、
あれは「おまけしますよ。お安くしています」の宣言が社名でありましたろう。今の世と少しも変わらず。
冠婚葬祭に仕出しする田舎なりに大手の菓子屋だったか、子供が出入りする店ではなかったと思う。
さて無理なところを、また無理して無理して、努めて、励んで「お安く売る店です」と。
こうなると、いたいけない幼い子供を早くから「勉強しなさい」と追い込む親たちは、人権侵害もいいとこ
ろかも。子供たちはかわいそうであるなぁ。古代ギリシャや、現代でもモンゴル平原での羊や馬の放牧
にいそしむ若い人たちのほうが、いっそう「人間的」で「文化的」ではあるまいか。
青い草の匂いがする。おいしい乳は飲める。健康で真っ赤な日焼けした顔が草原に映える。
勉強は〜したい人が進んで「務めてやれば」いいのではないかと、朝顔・教育は妙に話題がカーブした。
まだどうも気になることが、一つあります。なんか務めて労働に励んでおられるのか、楽しんでおられる
のか、好んで「蜜蜂」の保護者になっておられる島原の「スーパー健康お兄様」。なぜ私はそれに拘るの
かわかりました。私は小学生の時、それも夏のある朝。蜂にブスッと木綿針のような太い針で刺されて、
ワーッと泣いて家の中に駆け込んだ鮮明な思い出があります。今でもその時の痛かったことを覚えている。
事情はこうです。
その日は七夕の朝だった。むかしは旧暦ですから八月七日。七夕の日には、「短冊」にお習字で祈りの言葉
を書くと「字が上達する」といういわれがあるそうです。で、その朝も夏休みで気分は眠い中、家人にそれ
を促されました。そしてこの時、硯にいれる水は「朝露」を使うのだそうでした。言われるままに、屋敷の
裏手にある家庭菜園で、大きな葉を広げている「里芋」のところに行きます。そして面白いようにコロコロ
集まる葉の上の朝露を碗に集めていると、ブスッ。
いったい自分に何が起こったのか最初はわからなかった。泣いている途中でもわからなかった。左手の指に
突然の強い痛みで、泣くばかりです。やがて蜂に刺されたのだと説明され、以後の、それ以外の事は全く覚
えていない。
ただし、かわいそうに、その蜂も短い命をそこで閉じたということに、実は今頃気づいたのです。
蜂は一回刺したら自分もそこで終わり……と聞くのは、今更ながら、本当らしい。今まで女性の人生一度の
戦いを意味する週刊誌的な表現だと思っていた。また蜂の種類によるかもと。
今にして蜂に近づく人を心配し、怖がること尋常ではない私の畏れは、そういう刺された実体験に根ざして
いたのでしょう。蜜蜂は優しくて、おとなしくて、手間はかからず、よく働くものだと、先頃島原にお電話
したところ、そんなお話です。安心しました。
もっとも、この話を別の友人(京都の町中で育った仁)に感動して伝えたら、ケロッとして「そうだよ、蜜蜂 はおとなしくて怖くはないんだよ」と言うのです。自分は小学生の時に、何度も課外授業で蜜蜂を飼うところ に行って、実際にも「触ったよ」だと。あれまぁ。私の小学時代には思いもかけない授業、その先生と学校は なんと言う大胆!信じられません。ついでに「プロポリスはどうなのですか」と聞いてみたら、ですって。 ナニそれ。−−−なんだか世の中は狭いのか、広いのだか分からなくなりました。